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Vol.14 夢をもつ男

「ねえ見て、あの人。オレ、ああいうセンス好きだな」
  こんなとき、シンイチはいつも少し子供っぽくなる。それはシンイチの彼女になって二ヶ月ほどのこと。すれ違う人に目を奪われて、いちいち報告をするシンイチの隣で、わたしは爪の先まで恋をしている自分を実感した。

「あれ、○○ってメーカーのシャツなんだけど、ほんとはシンプルな白のボタンなんだ。だけど、わざわざハードなデザインのものに付け替えてる。自分の個性に合わせてアレンジしてるんだよ」

  わたしは、アパレル業界にいるシンイチほどファッションにあまり興味はない。だからシンイチが感心するポイントにいまいち共感できないのだが、大好きなシンイチがこうして自分の価値観を話してくれるだけでわたしは幸せだった。

「へー、すごい。よくそんなのわかるね」
  100%の愛情と尊敬の念を込めてそう言うと、どちらかというと感情表現が控えめなシンイチがこのときばかりは、当然だよ、とでも言いたげな得意そうな顔で笑う。そしてわたしがシンイチと出会ってから今日まで、何度となく聞いている夢を語りだす。

「早くオリジナルブランドの服をつくりたいな。だって自分が考えた服をほかの誰かが着てくれるだなんて、こんな幸せなことってないよ」
  そのたびに、わたしはシンイチの夢が叶うためなら、何でもしようと思った。そして実際にこれから先の未来、二人でいろんな夢を叶えていくものだと思っていた。

「絶対シンイチならできるよ。だって才能あるじゃない」
  シンイチは照れると、長いまつげを少しふせて、うなずくような仕草をする。それがたまらなくかわいくて愛おしくて、わたしはおもわずシンイチの腕をつかまえて身体をくっつける。本当は、ぎゅっと抱きしめてしまいたいのだが、シンイチは人目のあるところでの過剰なスキンシップは嫌うので、それは我慢をする。

  シンイチがふっと笑って、わたしの頭に手をおき、ポンポンとやさしくなでた。わたしより3つも年下なのに、たまにわたしを子供扱いする。わたしはそれをもっとしてほしくて、甘い声で名前を呼んだ。

  恋が一番うまくいっているときは、どんな出来事もすべてが小さな幸せの種となり、二人でいることで瞬時に大きな花が咲く。そして、嬉しいとか楽しいとか愛してるとか、あるいはもっとそれ以上の言葉にならない気持ちが溢れ出し、わたしたちのまわりだけ世界は特別に色づき、二人の身体が、心が、時間が、すべてが究極的に一つにとけあってしまえばいいのに、と思わずにはいられなくなる。


  しばらくしてわたしたちは自然の流れのように、一緒に暮らすことを決めた。そうすることで二人の関係が、より揺るぎないものになるような気がしていた。休みの日に一緒に不動産屋に行くのも、まるでなにかのイベントのように楽しかった。わたしは床がフローリングであることと日当りがいいことにこだわり、シンイチは最寄りの駅やコンビニや商店街が近くにあることにこだわった。

  そして、はじめて一緒にすごしたクリスマス。わたしたちは、部屋の中をかわいらしく飾り付けをして、手作りのケーキでお祝いをした。二人分の新しい食器、小さなクリスマスツリー、穏やかで幸せな時間。

シンイチは、十字架をモチーフにしたシルバーのペアリングをプレゼントしてくれた。わたしはそれに、なにか象徴的なものを感じた。それは今は、思い出の写真たちと一緒に押入れの中にしまわれているのだけれど。


   一緒にいられるだけで幸せで、お互いがお互いのことだけを考えていられる時間は、そんなに長くは続かなかった。
  同棲をするようになってしばらくすると、今までは休みの日には必ず二人で出かけていたのに、それがだんだん無くなっていった。たまにどこかへ行こうと誘ってみても、普段一緒にいるんだから休みの日は家でゆっくりしようと言って、わたしのお願いはやんわりと断られた。

  また、家にいるときにシンイチに話しかけても、真剣に話を聞いてくれることが少なくなり、会社から持ち帰ってきた仕事をしていたり、洋服のデザイン画を描いてばかりいるようになった。以前は、なにをおいてもわたしのことを優先してくれていたのに、その変化がとても悲しくて、だんだんと不満がたまっていった。

  サイドテーブルの上のコルクボードには、シンイチがとくに気に入った洋服のデザイン画がはられていき、それが増えるたびにわたしの中の、シンイチの夢が叶うためならなんでもするという気持ちが薄れていった。

「ねえ。わたしのこと好き?」
  そう言葉で確かめなければ、愛情を実感できなくなるまで、追い詰められていたわたしは、
「当たり前だよ、そんなの。どうして?」
  と言うシンイチのその言葉の中に、前ほどの熱心さを感じられなくて、さらに傷つき、次第に要求をするようになっていった。もっとかまってほしい、もっとわたしのことを考えてほしい、と。自分勝手なダメだしもたくさんした。


「なんだかリコ、変わったね」
  たまにシンイチはそんなことを言った。だけどわたしからすれば、変わったのはシンイチのほうだった。わたしもシンイチも、自分にとって都合のいい付き合い方を相手に期待し裏切られて、徐々に溝ができて、そして壊れた。


「もしかして泣いてる?」
  わたしの変化に気付いたシンイチが、受話器の向こうですこし心配そうにたずねた。つかのま、よみがえった過去の二人の結末に、その先があるのだとしたら、それは今この瞬間からはじまるのかもしれないという可能性に、わたしは感激していたのだ。

「うん。ちょっと感動しちゃって」
  付き合っていたときはシンイチの夢を支えることができず、身勝手な要求ばかりおしつけていたのに、こうして連絡をしてくれたシンイチの優しさに心が震えて涙がこぼれた。いろいろあった二人の過去は、今この瞬間のためにあるような気がした。


「だって本当にシンイチの夢だったじゃない。もう、すごい、自分のことのように嬉しいよ」
  久しぶりにシンイチと話すことができたことが嬉しくて、今でもこんなに泣けるほど大好きで、すぐにでもシンイチのもとへとんでいきたかった。

「ありがとう。やっぱりおもいきってリコに連絡してみてよかった」
「シンイチはセンスがいいから、すぐに大人気ブランドになっちゃうね」
  きっと今、シンイチは、まつげを少しふせてうなずいているに違いない。この瞬間だけを切りとるならば、二人がお互いを好きでたまらなかったころと、なにも変わりがないように思えた。

  できることならずっと話しをしていたかったが、シンイチの洋服はまずは副業としてネット販売からはじめることと、メンズしかないということを聞いたところで、
「ごめん。まだ仕事の途中だからそろそろ」
  と、シンイチが言ったので、名残おしくはあったが、
「わかった。それじゃ。お仕事がんばってね」
  と、ものわかりよく電話を切った。

  しばらく頭の中で、今の数分の会話を繰り返す。そして、そういえば聞きたかったことを思い出した。それは、シンイチに今彼女がいるのか、もしいるとすればそれは、以前わたしに失礼な電話をかけてきた、若そうな女と同一人物なのかということだった。

  だけど自分のブランドを立ち上げたことを、わざわざ連絡をしてきたところをみると、今、彼女はいないのかもしれない、という気がしてきた。最悪、あの電話の女とはその時、付き合っているのと近い関係だったとしても、きっと今はもう別れているか、そもそもはじまってすらいなかったに違いない。そう都合よく解釈し、今日のことは、復縁への一筋の希望だと位置づけることにした。



   次の日わたし、ずっとうわの空だった。もちろん考えるのはシンイチのことばかり。
  それでも、昨日クライアントの了解をもらったばかりのイベントの準備を、すぐにでもはじめなくてはいけなかったので、わたしは今回の企画で必要不可欠である杉浦順子さんのお父さん、正治さんにイベントへの協力をお願いするために、杉浦さんの実家に電話をかけた。

  正治さん本人が電話に出たので、わたしはどのような趣旨で連絡をしたのか丁寧に説明した。すると、正治さんは、うんうんと返事をしながら穏やかに話を聞いてくれたので、わたしは少し意外に思った。というのも、もしかしたら正治さんは気難しい人かもしれないと、杉浦順子さんのインタビュー記事を見たときから思っていたからだ。

  だけど予想に反して正治さんはとても協力的だった。直接会って打ち合わせやコメント撮りをさせてほしいというわたしのお願いにも、こころよく応じてくれたおかげで、正治さんの家がある広島に行く日程も、今週の土曜と日曜にしようとその場ですぐに決まった。

  ただ、わたしが杉浦順子さんの名前を言ったとき、どこに住んでいるのか知らないはずないのに、
「順ちゃん?順ちゃんは今どこにいるのかなあ」
  と、ちぐはぐなことを言ったので、おや?と思ったが、昨日のシンイチの電話のことで頭がいっぱいだったわたしは、あまり気にもとめなかった。

  わたしは、ひととおり正治さんへの確認事項を済ませると、お礼を言って電話を切った。
  昨日はシンイチといい雰囲気で話をすることができたし、イベントのほうもすんなりと正治さんの承諾を得ることができた。なんだが、プライベートも仕事も、いい波がきている。わたしはひさしぶりにそんな楽観的な気分になった。
  つづく...

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