Vol.21 仕事と恋愛
『そんなメールは、たんなる様子うかがいだよ』
電話の向こうで、マサキがそうこともなげに言った。
わたしとマサキは広島での一件以来、以前のように気軽にいろんなことを相談したりされたりする仲に戻っていた。だからわたしは早速、シンイチからきた意図のつかめないメールについて、男としてどう思うのか意見を求めたのだ。
「えー。だってライブがあるって言ってきたのよ。それってデートに誘いたいってことなんじゃないの?」
『いや。それはリコの反応を探ってるんだよ。すぐに返事をしてくるのか、それとも無視されるのか。だから内容は重要じゃない』
マサキに思いつきもしなかった分析をされてわたしは少しガッカリした。本当は、だいぶ彼の気持ちが戻ってきてる、とかそういう前向きになれる言葉をどこかで期待していたのだ。
「でも、シンイチはそんなことを計算するタイプとは思えないけど」
そう反論すると、
『好きな男だからって信じきるのはそろそろやめろよ』
と、あっさりと言われた。わたしは、好きだから信じられるのに、と心の中で言い返した。
『で?なんて返事をしたんだ?』
「えっと。『ファンだって覚えていてくれて嬉しい。教えてくれてありがとう』、ってメールしたわ」
すぐに呆れたような、「おもー」という返事がかえってきた。
『だって、リコ。○○のファンじゃないんだろ?』
「そうだけど、デートの可能性をつぶしたくないもの」
今後はため息が聞こえてきた。
『それで、むこうからはなんて?』
「それがまだ返事がこないの。もう一日半もたつのによ」
わたしは昨日の昼にシンイチのメールがきてから10分以内には返事をした。なのに今まで返事がこないなんて、何か気にさわることをしてしまったのだろうか。
「やっぱり、わたしを誰かと間違えてメールしたのかなあ。ねえ、謝ったほうがいいと思う?」
『なにだよ、謝るって』
「わたし宛じゃなかったのに見当違いな返事しちゃってごめんって」
『うわあ。ますます重い!』
マサキに何度も重いと言われ、だんだんわたしは不機嫌になってきた。
「もう。どうして男の人って女の人の感情を重いって一言で片付けるの?」
『どうして女は、自分の不安を相手にぶつけないと気がすまないんだ?』
わたしもマサキも少し無言になった。そしてわたしは、なぜ女の気持ちなんてちっともわかってくれない男という人種に、こんなにも惹かれてしまうのだろうと考えた。だがマサキはどうやら別のことを考えていたようだった。
『でも、まあ、そのくらいのほうがいいかな』
「どういうこと?」
『思っていることを、そのままぶつけてくる女のほうが楽っていうか』
わたしはマサキが何を言いたいのかすぐにわかった。
「チサキちゃんのこと?」
マサキは何も答えなかった。
「いつも女の子を手玉にしてきたマサキが、今度は振り回されているから気になるんでしょ」
『そんなんじゃないよ』
落ち着いた口調が、チサキちゃんへの本気さを感じさせる。
「このあいだ、チサキちゃんに会ったよ」
不倫相手のノブくんと一緒にいたこと、ある親子の話を聞いて泣いていたこと、それらの詳細をマサキに話すことはチサキちゃんとの友情を考えたらよくないことかもしれない。だけど、マサキとの友情を考えた場合、せめて会ったことだけ伝えておいたほうがいいような気がして、それでそう言った。
だけどマサキは『ああ、そう』と言ったきり、それ以上なにも聞いてこなかった。
きっとわたしだったら好きな相手のことなら根ほり葉ほり聞きたくなるのに、こういうところも男と女の違いなんだろうか、と思った。

結局シンイチからの返事は、次の日、会社が昼休みになったと同時にきた。
『チケットもらったんだ。一緒にいかない?』
それはわたしが想定していた中でも最高の展開だった。まさかシンイチのほうからデートに誘ってくるなんて。返事がくるまで待った分、喜びも大きかった。
わたしは携帯をもって会社の喫煙スペースに移動すると、すぐに返事をした。
「もちろん行く!いつ?」
今度は、5分もたたずに返事が返ってきた。シンイチもわたしに会いたいんだと思ったら、たまらなく幸せな気持ちになった。
『●日の19:00?21:00 場所は渋谷なんだけど大丈夫?』
ウキウキした気分ですぐに、「もちろん大丈夫」と返事をしようとしてハッと気付いた。その日はイベント当日だったのだ。わたしは、イベント終わりに渋谷に19時に着けるかどうか頭の中でスケジュールをたててみたが、すぐにそんなことは無理だとわかった。
というのもイベント会場は横浜で、式の予定終了時刻は15時。だけどスケジュール通りに進むことはほとんどないので、きっと30分から1時間くらいずれこむだろう。またそこからいろいろ撤収作業もあるので、すべて終わって横浜を出られるのは19時くらいになってしまうだろう。
それにイベント終わりには、いつもいろんな現場のスタッフをまじえた打ち上げが行われる。別に強制ではないのだが、イベントの管理をしている立場のわたしがその打ち上げに参加しないということは、そうとうなひんしゅくものなのだ。
だけどこの機会を逃してしまうと、もうずっとシンイチに会えないかもしれない。それは絶対にイヤだ。
仕事と恋愛を秤にかけてはいけないことはわかっていても、わたしの心はすでにシンイチに会いに行こうと決めていた。わたしは昼食をとることも忘れ、喫煙スペースをいったりきたりしながら、撤収作業の途中で抜け出してもおかしくないような理由を思案した。
考えはじめて15分くらいたったころ、わたしの返事を待たずにシンイチからまたメールが届いた。
『もう彼氏ができたから出かけるのは無理?』
彼氏?一体なんのことを言っているんだろう。わたしはシンイチからの思いがけない質問に首をかしげたが、すぐにその原因はおもいあたった。
広島でシンイチからの電話に出たあのとき、わたしのそばにはマサキがいた。そのことに気付いたシンイチに、一緒にいるのは男友達だとちゃんと伝えたはずなのに、こうして聞いてくるということは、きっとわたしが嘘を言ってごまかしていると思っているにちがいない。
このままでは、彼氏ができたわたしのことなんてどうでもいいと思われてしまうかもしれない。焦ったわたしは、仕事を途中で抜け出すための理由もまだ見つかってないうちに、いそいでシンイチに返事をした。
「彼氏なんてできてないよ。ライブ、もちろんいけます!」

いよいよイベントを明日に控えた前日。会社ではプロジェクトチームが会議室に集まって、詰めの打ち合わせを行っていた。
わたしはあれから、待ち合わせの場所を決めたりするために、シンイチと何回かメールのやりとりをすることができた。もちろんその中で、久しぶりに会えることがとても楽しみだということも伝えてある。それについてシンイチからの反応はとくになかったが、照れているだけできっと同じ気持ちでいてくれている、わたしはそう信じていた。
「なにかいいことでもあったのかな?」
イベントの流れを順を追って説明をしていた前川さんが、話を止めて聞いてきた。わたしは明日のことが楽しみすぎて、気付かないうちに顔がにやにやしてしまっていたのだ。
「いえ。なんでもありません。すいません」
わたしはすぐに真剣な表情を取り戻すと、手元の資料に集中するようにつとめた。
だけどしばらくたつと、明日シンイチと会ったら何を話そう、どんなふうに振舞おうかという考えで頭がいっぱいになってしまい、結局、前川さんどころか他のプロジェクトメンバーにも気付かれてしまうほど顔がにやついてしまっていた。
つづく...
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