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Vol.5 苦い夜

  マサキは酔っ払い女二人の急な呼び出しにも嫌な顔することなく、むしろおおいに好奇心があるという様子でやってきた。それはわたしが電話をかけたとき、大人の素敵な女性と飲んでるから、と言って誘ったせいかもしれない。

ひさしぶりに会ったマサキは細身のダークグレーのスーツを着て、いかにも仕事のできる都会のビジネスマンのように見えた。だけど大学生のときは古着屋で買ったボロボロのネルシャツばかり着ていたのに、と思うとちょっと可笑しかった。

「いい男じゃない。あなたモテルでしょ」
  チサキちゃんはテーブルについたマサキに、自己紹介より先にまずそんなことを言ったので、マサキは一瞬面食らったような顔をしたが、
「そんなことないですよ。あなたのほうがモテそうですね」
  と、すぐに自分はタフな男だとアピールするように明るくさばさばとした口調で返した。するとチサキちゃんは、
「まあ、否定はしないわね。でもわたしを好きになったらだめよ。わたしは男を幸せにしてあげるようってサービス精神が欠如している女だから」
  と冗談ぽく言って軽やかに笑ったので、さっきよりもわかりやすく驚いた表情でわたしのほうを見た。その顔は「すげーな、お前の友達」と言っていた。


  ワインのボトルが二本あいたころ、わたしを介して知り合った社交的な二人は、ある程度立ち入った話をするほど打ち解けていた。

  おもにマサキのほうがチサキちゃんのライフスタイルに興味をもってあれこれ聞き、チサキちゃんは普通だったら隠しておきたいようなこと、例えば不倫をしているといったことまでフランクに答え、さらにマサキの興味をひくといった具合だった。

そしてわたしはそんな二人のやりとりがおもしろくて、さっきまでシンイチから連絡がないことを気にしていたのも忘れて、目の前の会話を楽しんでいた。

「家庭のある人と付き合ってると、イベントのときに寂しくないんですか?」
「イベントって?誕生日とかクリスマスってこと?」
「そう。だってやっぱり大事な日は奥さんとの都合を優先しちゃうんでしょ」
  チサキちゃんは頬杖をついて、うーんと言ってちょっと考えるように上を向いた。タートルネックから真っ白なのど元がのぞき、それは女のわたしから見ても色っぽかった。

「つまりマサキ君は、女は誕生日とかクリスマスは誰かと一緒にいないと寂しがる生き物だ、っていう価値観をもってるってことよね」
  チサキちゃんの指摘に、マサキは一瞬返答につまると、
「オレの価値観、間違ってる?」
  とわたしに聞いてきた。
「間違ってない。だって付き合ってるのに、イベントのときに一緒にいないなんて絶対おかしいしそんなの寂しいもの」
  言ってしまった後でそれはチサキちゃんの不倫を否定することになると気付いたが、当の本人はさして気にしたふうでもなく、グラスに残った赤ワインをくいと飲みほすと微笑んだ。


「でも今年のクリスマスはひとりだろ」
  せっかく同調してあげたのにマサキがそんなことを言った。お酒が入るとマサキは少しいじわるになる。
「やめてよ。嫌なこと思い出させないで」
  わたしはムッとしてマサキをにらみつけた。
「いまから元カレに電話してみろよ。クリスマスはどうするの、会ってくれないのーって」
だけどわたしがすねた態度をとればとるほど、いつもマサキは調子にのるのだ。

「ちょっと、そんなこと言わないでよ。今、電話したい気持ちを我慢してるんだから」
「いいじゃん。変な駆け引きはやめて、正直な気持ちをぶつけたほうがいいって。そんなんだと、ずっと独身だぞ」
マサキの言葉に心が揺れそうなる。

「そんなこと言うもんじゃないわ。リコはリコなりに、幸せになるために一生懸命なのよね」
  チサキちゃんがやさしくフォローしてくれたので、ちょっと泣きそうになった。勇気を出して電話をしてみたのにシンイチからは何の連絡もこないこと、きっと今年のクリスマスは一緒に過ごせないこと。去年は今頃はそんな問題どこにも無かったのに。

「ねえ、リコ。わたしは一人が好きよ。あなたもそうなっちゃえばいいのに」
「そんなの無理よ。わたしはチサキちゃんみたいに強くないから」
  やっぱり好きな人と一緒にいたいし、結婚もいつかはしたい。
「強い...かあ。こういうの強いっていうのかなあ」
  とチサキちゃんが珍しく自信のない声でつぶやいた。そんなチサキちゃんをマサキがわたしに見せたことのないような顔で見つめていた。


  次の日は二日酔いの頭痛の中で目を覚ました。時計を見ると13時を少しまわったところ。せっかくの土曜日だというのに昼過ぎまで寝てしまったことを後悔したが、すぐに起き上がる気にはなれず、ベッドの脇にある加湿器の電源を入れるとまた布団の中に深く潜り込んだ。

そういえば昨日どうやって帰ってきたのかよく思い出せない。お酒で記憶が無くなることなんて久しぶりだなとぼんやりと思っていると、枕の横に置いてあった携帯の着信が鳴った。

『やっと出た。おはよう』
  それはチサキちゃんからだった。
「ごめんね。もしかしてずっとかけてくれてた?」
『うん。昨日そうとう酔ってたみたいだったらちょっと心配になって』
「そっか、ありがと。もうすんごい二日酔いだよ。それにどうやって帰ってきたのか覚えてないの」
  わたしが今の状態をだるそうに報告すると、チサキちゃんは電話の向こうでちょっとだけ笑うと、すこしのあいだ黙っていた。

『これ一応リコに言っといたほうがいいかなあ』
  それはどこかひっかかるような言い方だった。
「なに、どうしたの?」
『寝ちゃった』
  寝た?いったいどういう意味だろう。
『マサキ君と』
  寝起きで二日酔いの頭は、はじめチサキちゃんの言ったことがすぐには理解できなかった。マサキと寝た?一体なにを言っているのだろう。ちゃんと理解するためにベッドから上半身をおこして姿勢を正した。

『リコ、先にタクシーで帰ったでしょ。そのあと二人で違うお店にいって飲んでたんだけど、なんだか気があっちゃって。じゃあホテル行きましょうって流れになってね...』
  チサキちゃんの言葉が、きのう新しいバッグを買ったの、くらいの軽さでぽんぽんと耳に届いた。
  そしてわたしの奥からふつふつと出てきた黒い感情。それは、盗られた、という思い。


『で、せっかくだから前から行きたかった○○ホテルに行ったのよ。そうしたらロビーに飾られていたクリスマスツリーがとてもキレイで...』
「待ってよ」
  チサキちゃんはわたしの声のトーンの低さに、ハッとしたように黙った。

「信じられない。どうしてそんなことするの?チサキちゃんには付き合ってる彼氏がいるでしょ。それにマサキにも彼女がいるのよ。そんなのってあまりに軽すぎると思う」
  ついモラルを問うような言い方をしてしまったが、本当に言いたいことはそんなことじゃない。    だってチサキちゃんが恋愛において自由奔放で軽いのは前から知っていることだ。
  本当に言いたいのは。マサキを盗らないで。

『どうしてリコが怒っているの?リコはマサキ君の彼女でもなんでもないでしょ』
  静かで理性的な声。的を得ていてなにも言葉が出てこない。
  どうしてわたしはマサキの彼女でもないのに、こんなに腹立たしくてくやしいのだろう。もちろんシンイチとの復縁を一番に望んでいる。でも親しい男友達を女友達に盗られるのも嫌だと思う自分もいる。わたしってこんなに欲深い人間だったのだろうか。

「ちょっと頭を冷やしたい。切るね」
『これだけは言わせて。決してリコを傷つけようと思ったわけじゃない。でも結果的にそうなってしまったことは残念だと思う』
  チサキちゃんはそれ以上、言い訳も謝罪も口にすることなく潔く電話を切った。


  わたしは手の中の携帯をしばらく見つめていた。そのときわたしの感情は、マサキに電話をかけてチサキちゃんと寝たことを責めろと言っていた。だけどそれをグッとこらえて考える。ずっと友達だった。彼女もいる。なのになぜ、わたしはこんなに感情的になっているのだろうか。もしかして、わたしはマサキのことが...

  そのとき携帯から着信を知らせる音楽が流れてきた。突然のことにわたしの頭は混乱した。
なぜならこの着信メロディを設定しているのは、たったひとり。
  それはシンイチだった。
  つづく...

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